イグナツ・プライエル

イグナツ・プライエル(イグナス・プレイエル)(独:Ignaz Josef Pleyel, 仏:Ignace Joseph Pleyel 1757年6月18日 - 1831年11月14日)はオーストリア出身の古典派音楽の作曲家である。

プレイエルは、その時代には非常に有名だがやがて知られなくなる(ケルビーニ、マイヤベーア、タールベルクを含む)作曲家という現象の、一例である。何人かの人々によると、ヨゼフ・ハイドンの最盛期とベートーヴェンの名声の上り坂との間の短い期間、プレイエルはヨーロッパにおいて最も有名な作曲家だった。

彼の名声は、当時の音楽的な辺境であるアメリカ合衆国にまでも及んだ。マサチューセッツ州の沖合いのナンタケット島にプレイエル協会があり、プレイエルの旋律は、当時盛んだったシェイプ・ノート(shape note)賛美歌集でも発展を見た。(プレイエルは実際、現代のシェイプ・ノート讃美歌集『The Sacred Harp』に現れる、唯一のクラシックの作曲家である。)

恩師ハイドンと同じく、プレイエルは多作家であり、41の交響曲、70の弦楽四重奏曲、いくつかの弦楽五重奏曲とオペラを作曲した。これらの作品の多くは、ストラスブール時代から始まっている。プレイエルの創作活動は、企業家になってからは少なくなった。